2008年5月19日 (月)

「”しつけ”によって不登校や家庭内暴力や引きこもりから子供を立ち直らせよう」というのは現実的か?

不登校や引きこもりの話で、それは「しつけが足りないからそうなるので、しっかりとしつければ立ち直る」という話が気になって仕方ありません。それはそういうこともあるとは思うけど、一般的にはどうでしょうか。経験的にもとてもそうは思えないのですが。

なぜなら「しつけ」が上手くいくためには、しつけられる子供の側に、親に対する十分な信頼感がなければダメということ。それはそうです!子供に限らず、大人だって信頼していない人の意見なんて聞くはずがない。「この人は自分の利益のために言っているのではなくて、本当に私のことを思って言ってくれている」という信頼感がなければ、人の意見なんて素直に聞けるものではありません。

血のつながった子供だって、全く同じで、親に対する信頼がなかったら、そんな親のしつけなんて受け付けるはずがありません。親子だからこそ、なおさらです。

さらに不登校や引きこもりや、家庭内暴力とかになっている時には、場合によっては親に対してある種の憎しみまで感じているような場合だって少なくありません。そんな状況でしつけをしようなんて思ったら、それこそ大変です。

「しつけ」をしようと思えば、親の側が今まで持っていた価値観を脇において、心を裸にして、徹底的に子供と向き合う勇気と克己心が必要です。しつけようとする言葉や行為では子供は動きません。彼らの心を動かすのは、そのような、世間体も親としてのプライドも、何もかも投げ打って真剣に子供と向き合おうとする親としての心ですから。

また、一度始めたら後戻りはできません。途中でギブアップしたら子供の心にもう一つの傷を増やすか、反発を招いただけで終わります。もし子供が家庭内暴力などに陥っていたら、その状況はさらに悪化してしまうかもしれません。

このように「しつけによって不登校や家庭内暴力、引きこもりから子供を立ち直らせる」ということを本当にやろうと思ったら、大変な覚悟が必要なのです。

こういうことですから、普通なら「しつけ」を考えるよりも、まずは彼らとの間に、再び心のふれあいが生まれるように努めていくほうが、ずっと現実的だと思います。

と言っても、「しつけで立ち直らせる」というのは多くの親にとっては魅力がある考えだとも思います。親から見れば、不登校や引きこもり、家庭内暴力の子供などは情けなく思えるだろうし、「しつけ」というのはとても分かりやすい。だから、「しつけをし直おそう」などという意見を聞けば、「うちもそれで行こう」などと思うかもしれません。

ですから「やはり、不登校や引きこもりや家庭内暴力をしつけを通して立ち直らせたい」と考える方のために付け加えますが、「しつけ」をしようとして叱ったり矯正しようとしたりするのは当然なのですが、それだけやっていたのでは、全くの片手落ちだということです。

それと同等に、あるいはそれ以上に、子供を誉める言葉や、積極的に認める態度がなければ「しつけ」は成り立ちません。上から押さえつけるばかりでは、子供の心は離れていくばかりでしょう。このことは忘れないでおいていただきたいと思います。

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